=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=光陰
 一行でも二行でも  日々、御書を拝せ!
  自らの境涯を  もう一歩開くのだ! (from わが友に贈る)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=矢の如し
供養と功徳
供養とは、強制されてやるものではない。
また、心からの供養がもたらす結果が、計り知れないことは御書にも枚挙に暇が無い。(仏に土の餅を供養せし徳勝童子は阿育大王と生れたり、金珠女は金銭一文を木像の薄と為し九十一劫金色の身と為りき、等)

「供養」の意味も、金銭的な寄付に限定する必要もないと思う。
大事な時間を割いて、部員さんのために走るのも、立派な「時間の供養」であろうし、会合に集った人々にふるまうお茶の一杯、さらにはねぎらいの言葉ひとつに気を使うことでさえ、供養と言えるのではないか。(しかもタダだし!)

供養の対象が、同志であることには矛盾はない。なぜなら、同志が仏の集まりそのものだからだ。

私自身は、明示的にも暗示的にも強制されたことは一度もないが、広宣流布のためになれば、との思いで毎年若干のお金を寄付させていただいている。
貧しい家の出の私が、近年お金に困った経験がないのは、そのおかげであると確信している。ただしこれは個人的な信心の範疇であり、説明してわかってもらう類の話ではないと認識する。
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by superserver | 2006-03-04 19:46 | コラム
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