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「仏法」と「王法」の違いは何か(パート2)

「仏法」と「王法」の違いは何か~「仏法」の方がかなり恐ろしい話
の続きです。

突然ですが…

目の前で、人が溺れているとします。
あなたは泳ぎの達人です。ロープも浮き輪ももってます。
岸辺にいたあなたは、悲鳴は聞いたが、助ける勇気が出ず、その場から立ち去ってしまったとします。
この場合、あなたは法律で罪に問われるでしょうか。

問われませんよね。

じゃぁ、仏法では、これはどうなるんでしょうか?

先に、「悪法を以て人を地獄にをとさん邪師をみながら責め顕はさずば返つて仏法の中の怨なるべしと仏の御いましめのがれがたき」(頼基陳状p1156)また、「法華経の敵を見ながら置いてせめずんば師檀ともに無間地獄は疑いなかるべし」(曾谷殿御返事p1056)との御金言を紹介しました。

これは仏敵を責める場合なので、シチュエーションが違うといえば違うのですが…

私は、「人を助けることができる環境にいたのに、勇気が出ず、助けられなかった」事は、多かれ少なかれ、罪であると考えています。

なぜか。

逆に、ルール違反さえしなければ、人を助けなくても罪ではない、としましょう。
そうすると、世界で今、起きている戦争、飢餓、その他全ての「悲惨」の罪の責任は、どこにもないことになります。
「社会のシステムがそうなっているから」「我々は歯車の一部に過ぎない」と。(責任をとらない「ひとのせい」集団の力学的仕組み、あるいは戦争責任は誰にあるかを参照)


御金言には「見ながら」と明確に仰せです。知らんぷりはできないことに注目しましょう。
いまや、世界の裏で起こっている悲惨も、瞬時に報道される時代です。

「家政婦は見た!」ならぬ「火星人は見た!」(笑)
見たからには戦わなきゃいけない。「見なきゃよかった!」もう遅い(笑)

私自身、なにをどう戦っていいのかさえ手探りです。
しかし、最高の法を持っている青年であるとの気概があるならば、世界の悲惨を失くすという大願を忘れず進みたいと思います。
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by superserver | 2009-11-28 22:22
河合師範について
河合師範の昔の資料を再UPしました。
長いので下記リンク先に置いときます。
さあ、皆でどんどん功徳を受けよう!!!(笑)

河合師範のお話はコチラ
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by superserver | 2009-11-18 11:11 | 学会
河合師範 続き
上記の続きです。

長文お疲れ様です!続きはコチラをクリック。
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by superserver | 2009-11-18 11:01 | 学会
怪文書委員会報: エセ科学を見破れ!~私の「簡易判断基準」(改訂)
昔流行した、「7.5HZ怪文書」もそうであるように、怪文書のよりどころとする「科学」は、たいてい「エセ科学」である。
<怪文書に関してはここを参照>

こういった怪文書を見破るには、ある程度の科学的知識や洞察力が必要だ。

エセ科学を扱かうBLOG等も参照して勉強して欲しい。
しかし、すべての学問に精通するのは不可能。
だまされないために、洞察力の方を鍛えた方がてっとり早そうだ。

ここで、私が編み出した「エセ科学簡易判断基準」を紹介したい。(えらそー)
基準は簡単。
論理が一方的か、そうでないか(公平か)の違いを見分けることだ。

真の科学者は、真理を追究するから、自己の考察に徹底的に反論を試みる。
また、自己の結論に対し、考えられる問題点を具体化する。研究がより進むように願う態度か。
多くの科学的「まじめ本」には、そういった態度が共通してみられる。
思うに、偉大な科学者ほど、「科学の限界」を痛感するが故にか、自己の研究を賛美せず、問題点にふれておこうとする態度が見られる。

一方、エセ科学は、自分の主張を繰り返し、賛美し、絶対視し、それが包括する問題点については触れようともしない。

たとえば、昨今、「~が、ガンに効く」といった本が多い。
それがたとえ自然食品であろうと、副作用の可能性や、効用に対する疑問点、諸問題も必ずあるはずである。
その記述があれば、科学的態度と評価できるが、これらほとんどの宣伝本は、「いいことだけ」を書いている。

理由は、著者が「真の科学者」なのではなく「儲けの当事者」だからだ。
真実を追究しているのではなく、利益を追求しているからだ。その態度は子供と変わらない。

子供が、おもちゃを買ってもらおうと、親にねだる時…
「大事にするから」
「ちゃんと片付けるから」
「いい子になるから」
と、普通は言う。
しかし、真実をみすえて、
「たぶん、1週間ぐらいであきちゃうかも」
「来年には、別のシリーズが出るから、今年一杯ですてちゃうかも」
「今日は片付けやるけど、明日になれば忘れちゃうんだよね」
などとは、思っても言わないはずだ。(子供は真剣にねだる故に、諸問題に考えが及ばないかもしれないが…)

食器洗い機の宣伝を見ると、「水道代が~円オトク!」
という文句が目立つが、同時に「電気代がどれだけ上がるか」
に言及している広告には出会ったことがない。
かなり熱いお湯を使って洗ってくれるのだから、かなり電気を食うはずなのだが…
未検証だが、もしかして、水道代が減ったお金より、電気代の方が高いのでは?とまで思ってしまう。

というわけで、宣伝と真実は、必ずしも一致しない。
従い、宣伝的態度のある主張は、私は科学とは思わないし、容易に信用しない。
これが私の「簡易判断基準」である。

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by superserver | 2009-11-11 11:11 | コラム



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