=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=光陰
 一行でも二行でも  日々、御書を拝せ!
  自らの境涯を  もう一歩開くのだ! (from わが友に贈る)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=矢の如し
なにやら斧さんと沖浦さんが、喧嘩をしているらしい件について
さて、創価系の掲示板を覗く人は、
「最近、なにやら小野(斧?)さんと沖浦さんが、喧嘩をしているらしい」
と思っているかもしれませんね。
実際はただの喧嘩ではなく、もっと奥の深いものなのですが、これは時系列を追ってしっかり掲示板を読まないとわからない。そこまで読み込んでいる方は稀かと思われます。

私も、参加者の一人であり、自分なりに今回の事はまとめなきゃ、と思っていたのでした。

で、名づけて「3分でわかる斧沖問題」!忙しいあなたにぴったり(笑)

<一応登場人物紹介>
まず、沖浦さんってのは、創価系の掲示板には必ずといっていいほど現われるオジサンで、結構面白いキャラで書き込み量も相当なもので、人気抜群だった。
一方の小野さん(以下 斧さん)てのは、人気BLOG創価王道の著者。掲示板「創価仏法研鑽掲示板(通称「斧板」)」の管理人。バリバリの創価班出身、今は壮年部。こちらも大した人気です。

<事の発端>…勝手に思ってるだけかも知れませんが、2つの「引き金」がありました。
前提として、2008年7月の話。
沖浦さんが研鑽掲示板で教学に関して自説を展開し、それが参加者に「ちょっと違うんじゃない」とたしなめられる。

斧板の「三大秘法について考えませんか」に明らかです。(おヒマならリンク先読んでね)
このころは、沖浦さんも斧板では人気キャラで、斧さん以外は皆コメントを遠慮していた。
議論も自然消滅してしまいました。

で、9月。更に「ネット論」スレでも同じ問題が浮上。127番あたりからが対立の構図が深まります。

でついに斧さんも堪忍袋の緒が切れる。これが第一の引き金。

引用:
153 :小野不一:2008/09/27(土) 21:17:04
>>152
 逆ギレですか? その上で掲示板へ誘導?
 なあんか盗人猛々しい印象を受けますね。自分の屁理屈は堂々と述べておきながら、挙げ句の果てにこれですか。まったくもって空いた口が塞がりません。
 それから、商売絡みの掲示板へ行く人は、ここには一人もいないと思いますよ。

引用おわり♪

このあたりで、「やはり沖浦さんの教学の書き込みはおかしいのではないか」「沖浦さんがやっている公演事業のチケット販売ってどうよ」という、皆の心にブスブスくすぶっていた疑問符に引火。
これまでは「教学」の問題だけだったのが「チケット販売」の話になり、それが「商売だ」「いやもうけていない」と、更に炎上。
私も165番あたりから「商売は商売でしょ」と参戦。

で、怪我の功名といいますか、この時、「組織利用」に関して意外と皆の危機感が薄いことが判明。斧氏は創価王道に書いた7つの記事を再度紹介しています。

1 組織利用をする者は学会の敵
2 組織利用の定義
3 親しみより破るべし
4 創大利用
5 金のかかることを絶対に強要するな
6 中元、歳暮の類いは一切禁止
7 金銭貸借、共同事業は厳禁

さて、私としては、それまでの沖浦さんには掲示板で色々と教えてもらい、非常にお世話になったという感謝の気持ちを持っていたので、「おかしい事は、おかしい」と指摘しなきゃな、と感じ、実行する事にしました。はじめは沖浦さんの掲示板でやっていたのですが、どうも対話にならない(笑)
ネット論」をよく読めばわかるのですが、沖浦さんのスタイルは、議論ではなく「言い合い」になってしまっています。是々非々の建設的な議論を目指したのですが、彼は自分が批判されている空気というのがガマンできないらしく、そういった意見には感情的に対応してしまう。「無視」、「断定」、「アク禁」、これが武器です(笑)
反対意見を言うのなら議論になるのですが、相手の人物評価に終始する始末。

半分あきらめて、「やーめた」と思ったのですが、ふと御書が浮かんだ(笑)
「彼が為に悪を除くは即ち是れ彼が親なり」等云云(王舎城事p1138)

このまま、なあなあで済ますよりも、しっかり誤謬を破折すべき時と判断し、「沖浦さんの誤謬をガンガン破折スレ」を立てました。これが10月7日。これが第二の引き金になった。何と1日強で100レスを突破。私の思いは100番付近にちりばめておいたので、ここでは繰り返しません。

<まとめ>
その後のやりとりは、皆様が目撃したとおり。派生して様々な意見が飛び交っており、泥仕合のように見えるかもしれませんが、すべて上記に根ざした問題が根本にあります。

もう2分30秒ぐらいですかね。
まとめると、以下の3点ぐらいに集約されるかと。
1、沖浦さんがネットで繰り広げる教学に関する意見は、多くの会員が「おかしい」と思っている。が、対話にならないので検証もできない
2、沖浦さん他が進める公演事業は、それ自体はなんら問題ない芸術活動ではあるものの、チケットの販売の方法で異論を巻き起こした
3、上記を沖浦さんに忠言申し上げようと試みた人たちは、対話にならず、感情的な反撃を受けた。感情には感情で応酬する人もいたため、泥仕合の様相を呈している

まあ、私自身、特に1の問題については教学力もなく、斧さんや恋さんのように理論を展開できなくて歯がゆい思いをしたのですが、今回の件で「しっかり勉強しよう」と発心した次第です。特に今回問題になっているのは「御本尊」という信仰の根幹に関する事柄ですから、不勉強では済まされない、と思います。私を含む多くの掲示板参加者・ROM者も、知らないが故に看過してきた事も否めない事実かと思います。

以上。

参考: 創価王道記事  沖浦克治氏の「熱原の三烈士」公演について
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# by superserver | 2008-10-19 06:50 | 学会
創価学会に対する偏見が多く、ちょっと凹んだ件
「創価学会」というフレーズに反応する人
http://kotonoha.cc/no/101069

このリンク先を見て、「なんだまたか」とは思ったものの、ちょっと凹みました。学会に対してマイナスイメージを持っている人が意外に多い、というかほとんどじゃん!

ネット上の意見なので、ホムンクルス的歪曲が大いにあるとは思いますが・・・それにしても、これだけ学会を世間は毛嫌いするという事実は、真摯に受け止めねば成らない。と今さら考え直した次第。

「正しき者が迫害されるのが世の常だ」という法則はあるけど、それを利用して、常識豊かに真の理解者を得る努力を怠っているとすれば、安易に学会の評判を落とすことに加担しているといわざるを得ない。

☆一生懸命になりふりかまわずやるのがいいのか?
☆よく考えて賢く行動すべきか?

答えは、池田先生が随所で指導されている通りでしょう。以下、新人間革命の抜粋を。大量で失礼。

第4巻 「春嵐」の章
また、たとえば、折伏に熱が入り、夜遅く人の家を訪ねる。そして、相手の方が休もうとしているのに、深夜の十一時、十二時になっても話し込んでいるとすれば、これも非常識です。自分では一生懸命に、真心を込めて話しているつもりでも、結局、相手にとっては、ただ、迷惑な話でしかありません。
 しかし、それがわからずに、?なぜ、あの人は素直に信心できないのだろう″などと頭をひねっている人もいる。これでは信心などできるわけがありません。(中略)
相手のことを思い、折伏をするのは仏法者として当然ですが、あくまでも常識のうえに立ち、知恵を働かせていくことです。非常識な行動があれば、どんなによい話をしても、その人を心から納得させることはできません。理屈ではわかっても、やっぱり学会は嫌いだ、ということになってしまう。それが人情というものです。

第4巻 「立正安国」の章

当時、女子部の中核であった「華陽会」のメンバーは、日々、布教に明け暮れていた。それは、三百万世帯という広宣流布の目標を達成するうえでは、やむをえぬことでもあった。
 しかし、伸一は、だからといって、悲壮感を漂わせて、なりふりかまわずに猪突猛進するような女性に育ってほしくはなかった。それでは長続きしない。いな、世問からも嫌われてしまうことになる。
 人問性を開花させるための信仰である。一輪の可憐な花が、周囲を明るくし、人びとの心を和ませるように、信心に励めば励むほど、思いやりにあふれ、明朗で快活になっていってこそ、本当の信仰といえる。

第7巻 「文化の華」の章
 一家のなかであっても、息子や娘を指導しきれないことが多いのに、毎月、何万世帯という会員が新たに誕生しているのですから、やむをえない場合もあるとは思います。しかし、私としては、みんなが理路整然と、道理に則って、納得のいく、折伏や指導ができるようにしたいと念願しております。
 そこで、教育部の皆さんは、その模範を示し、誰もが心から納得のできる、理路整然とした、道理に適った弘教、指導を実践していっていただきたいのです。仏法は道理です。皆さんが常識豊かな、道理に適った話をし、万人が心から納得していく姿を目の当たりにして、多くの会員がそれを見習うようになれば、広宣流布は、さらに進むと思うのであります」

第10巻 「新航路」の章より
 仏法は道理なんです。道理、常識を無視した活動というのは、一生懸命であっても、結局は自己満足にすぎない。そして、長い目で見た時には、社会の無用な反発をかい、かえって、広宣流布の邪魔をすることになってしまう。
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# by superserver | 2008-09-20 00:07 | 学会
「先生の名誉博士号」について: 斧板アーカイブ
( ・○・) さんと鯖との対話 「先生の名誉博士号」について
1server:2008/07/10(木) 05:25:33
という題名で、( ・○・)さんと語り合えたらいいな、という淡い期待で、スレをたててみました。


2server:2008/07/10(木) 05:27:38
とはいえ、これまでの経験上、「まじめなHNを作らない人はコテハンにならない(鯖の掲示板法則第38条)」という規則性から、バーチャルに対話形式でつづってみました。以下ご覧くださいませ。


3server:2008/07/10(木) 05:30:08
1、名誉博士号を「集める」という行為について

名誉博士号を「とる」のは、そんなに簡単な事ではありません。あなたは持ってませんよね(´∀` )もちろん私も一個ももってません。
各大学も、ちゃんと審査をし、教授会に諮って決定しています。軽く考えすぎですよ。

( ・○・)しかし、創価学会が、巨大な資金を使って、大学に寄付をしたりして、買っているのではないかな?

では、あなたは、これだけ多くの名誉博士号のうち、ひとつでも、お金で買ったという事実を示すことができますか?
また、質問しますが、あなたは、お金をもらえば何でも許せるお人なのですか?

( ・○・)金で買った証拠なんて、そんなのはわかりませんよ・・・大学だって、お金をもらったなんて事は隠そうとするでしょうし。
 私の事は関係ないでしょ。私だってプライドがありますから、金さえもらえば何でもアリというわけじゃありませんよ。

それでは、あまりにも失礼な憶測といわざるを得ません。
池田先生にも失礼ですが、授与した大学全て&その全ての教授に対しても暴言を吐いているんですよ。
あなた自身、プライドがあるとおっしゃった。
あなたは、学長だったとして、お金をもらえば誰にでも名誉博士号をあげますか?そんな事はないでしょう。
どこの大学だって、どこの教授だって、プライドはあります。誰か一人、二人は買収できるかもしれません。でも、皆を買収するのは不可能ですよ。そう思いませんか?

( ・○・)なるほど、そういう意味では失礼でした。ただ、教授会さえ通さず、超多額のお金で、闇でうまく合意することも可能なのでは?

闇なんてものが存在するとすれば、私だって一介の男子部ですから、そんなものは知りません。
しかし、そんな事が果たして可能でしょうか?
報道される多くの官僚スキャンダルや、ワイロが絡む事件は、当事者たちは、それこそばれないように細心の注意を払って、それでもばれてしまってますよね。
果たして、世界各国の名誉博士号をカネで買収して、ひとつもそのワイロが明るみに出ないということがありうるでしょうか?

( ・○・)まあ、それはわかりませんが・・・

疑問を持たれるのは自由ですが、どうか公平な目で見て下さいね。


4server:2008/07/10(木) 05:31:20
2、「集める」という事について
切手コレクションじゃあるまいし、「集めることを生きがいとしている」という表現には賛成できませんね。

( ・○・)聖教で大々的に報じているあたりが、「集めているのか」と感じてしまいます。

なるほど、そう感じるのはあなたの感受性ですので、仕方ありません。
しかし、創価学会の機関紙ですから、その代表に名誉な事があれば、TOPで報じるのは自然だと思いますよ。

( ・○・)そんなものでしょうか

また、池田先生は、常々のスピーチの中で、「私は、皆様の代表として、世界の大学から多くの名誉博士号をお受けした」等とおっしゃっています。
会員のわれわれとしても、うれしいんですよ。また、皆の功績とおっしゃってくれる、温かい師匠だと思いませんか?

( ・○・)しかし、スピーチをかじった程度ですが、「私がやった」「私が作り上げた」等の自慢話も散見されます。

それは、別の角度のお話です。
後を担う青年は、厳しくそだてなければならない。青年に対しては先生は厳父ですよ。
もちろん、池田先生が成し遂げてきた事は、超人的です。先生は、文字通り命を投げ出して学会を作られた。万分の一も、私などにはマネできません。
しかし、先生も後に託す弟子には、「私がやってきたように、君たちもがんばれ」と、厳しいです。その流れでは、「私はやった」とおっしゃいますよ。
もっと言えば、「師匠を乗り越えよ」と、ほぼ不可能な課題も出されます(汗)
膨大な量のスピーチですから、かじった程度では誤解もおありでしょう。

( ・○・)なるほど、よくわかりました。またの機会によく読んでみます。


5server:2008/07/10(木) 05:33:25
3、「持妙法華問答抄」の「名聞名利」について

( ・○・)それでも、御書にもあるように、仮にも仏法者なら、「名聞名利」を求めてはいけないのではないでしょうか。

「持妙法華問答抄」では、「名聞名利」にとらわれて、これまでの邪宗を改めることが出来ない事を戒められています。
世間体が仇になって、仏道修行に支障をきたすという事は、現在でもありうることですよね。
しかし、池田先生の栄誉がこれにあてはまるでしょうか?先生は、民衆の幸福のために、創価学会を作ってこられた。たくさんの人々を救われた。私だって幸福になりましたよ。
それに対して、諸外国からの賛辞があるんです。逆の話ですよ。

もし、それもダメだとおっしゃるなら、世の中の全ての報酬や栄誉は、仏法者は受け取ってはならないという事になってしまいます。
であれば、日蓮大聖人も、ずいぶんと偏狭な御本仏になってしまうではありませんか?

実際は、恋さんがひいてくださった御書にもあるように、大聖人は「名をあげよ」と、逆に社会で実証を示せとおっしゃっていますよ。
また、「中務三郎左衛門尉は主の御ためにも仏法の御ためにも世間の心ねもよかりけりよかりけりと鎌倉の人人の口にうたはれ給へ」(崇峻天皇御書p1173)
等と、世間の評判も大事にせよとおっしゃっています。
実際に、主君の評判を得て給料UPを果たした弟子には、「御所領上より給わらせ給いて候なる事まこととも覚へず候夢かとあまりに不思議に覚へ候」
(四条金吾殿御返事p1183)と、大聖人ご自身が「夢かと思ったよ!」とわが身のようにお喜びくださっています。
本物の師匠とは、かくも温かいものなのですよ!


6server:2008/07/10(木) 05:35:12
以上。
どうせ( ・○・)さんのお返事は期待できないので、勝手に想像で対話形式で書いておきました。


( ・○・)さん、見てますか?異論があればどうぞ。


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# by superserver | 2008-07-10 02:20 | 書きかけ
振り込め詐欺の真犯人は、銀行だぁ!
先日、振り込め詐欺の巧妙な手口をTVで紹介していた。
これだけ世間で騒がれていれば、ひっかかる奴などほとんどいないだろう、と思っていたが、どっこい。
とある有名人の奥様で実験したら、見事にひっかかってしまい、彼女は即座に通帳をもって家を飛び出してしまった。

昨年の「振り込め詐欺」被害は約2万件、250億円だそうだ。1件あたり125万円ってとこ。
あなたの家にも、詐欺師から電話がかかってくる日も、そう遠くないかも!?

ところで、この手の詐欺は、「銀行さえしっかりしていれば、起こりえない」と思うのは私だけだろうか?
これだけ騒がれていて、なぜ銀行は今もって「詐欺に加担しているのか」というのが、私の印象である。

もちろん、疑いのある口座を凍結したり、対症療法は行っているのは知っている。
が、そもそも、「誰の口座かわからないものを、ご丁寧に維持・管理している」のがいけない。
私自身、いくつも銀行口座を持っているが、銀行から「本人確認のおねがい」通知来たことなど、一度も無い。
確かに、定期的に全ての口座の所有者を確認するのは、莫大な費用がかかるから、仕方ないのだろうか。

しかし!
振り込め詐欺を防止しようと真剣に思うならば、いくらでも対策はあるはずである。シロウトの私でも、すぐにこれだけのアイデアを思いつくぞ!

1、「安全口座確認制度」
顧客が銀行に問い合わせると、「口座の本人確認状況」を教えてくれるサービス。
別に個人情報を漏らすわけでも無いから、問題ないはず。
ついでに、銀行から、この送金の経緯を聞いて「詐欺度チェック」をしてくれると、なおよい。

2、「詐欺被害銀行負担制度」日本全国で250億という数字は、すごい金額ではあるが、銀行にとってはたいしたことはない。
これぐらいの金額であれば、銀行が「詐欺被害であったことがはっきりすれば、そのお金はお返しします」と言ってもよさそうだ。
これはかなりセンセーショナルな報道が期待できるから、私が経営者であれば、イメージアップの宣伝費用として実行すると思う。

3、「条件付送金制度」
多額の送金をする時には、「キャンセル権」を付保する。
1日以内なら、「しまった」と気づいた時にキャンセルをすることができる、というもの。

まあ、ジャストアイデアなので、様々な問題点はあろうが・・・

我々のような私企業とは違い、銀行には銀行の事情があるようだが、それにしても、顧客のニーズからかけ離れているといわざるを得ない。
要は、需要があっても動かない。なんだ、役所と同じじゃん。
大いに腐ってますな。

競争のある健全な社会であれば、顧客第一を標榜するなら、「やれ」といわれる前に、これでもか、と新規提案をするのが当たり前であろう。
車にしても食べ物にしても、家電製品にしても、「これでもか」という提案であふれている。

脱線するが、世の中のダンナ様なんかも、「この辺にタナを作ったらどうだろう」と、自分から提案して率先して行動する方が、
「あれ、修理してよ」というお願いを、1年ぐらいほったらかしておくダンナよりいいのではないか。
もし、これも競争の世界だったら、面白いですな。かくいう私は、なるべく腐っていない方になるよう目下努力中であります。

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# by superserver | 2006-06-03 15:05 | コラム
無神論と我が信仰
日本人の多くは、習慣的な宗教行事には参加はしても、信仰心を持っていない人が多い。むしろ、特定の宗教を信仰することに対して「胡散臭い」と思う。
考えてみれば、日本だけでなく、現在の世の中には宗教を「心から」信じることを難しくするさまざまな要素があるように思う。

私は、創価学会においてこの日蓮信仰に出会い、信じる側の人間である。しかし、もしこの信仰に出会わなかったら、上記の例にもれず、無宗教・無神論を決め込んでいたことだろう。


(1)信仰蔑視へのお誘い~「インチキ宗教家」「宗教の名を借りたテロ」
しばしば報道されるように、人々の信仰心や、偉大なモノに対する人間の畏怖心を利用し、オカルト・インチキで金儲けをし、功名心を満たそうとする下劣なエセ宗教家がいる。
その本質は唾棄すべき「宗教利用」であり、「人間蔑視」であろうが、インチキ宗教家の罪は、むしろ、人々に宗教に対する不信を植え付けてしまうことではないか。

オウム真理教が行ったテロを見て、「宗教とは怖いものだ」と、思ってしまうのも無理はない。
また、宗教を標榜したテロリストや、それを封じ込めようとする国家が「宗教」を利用して起こす戦争を目の当たりにし、「宗教こそが悲惨の原因ではないか」と思ってしまう人を、私はあえて批判せず、同感したい。

一本の木を見て、森全体を理解するのは不可能であるが、多くの腐った木々を目の当たりにし、「この森にはまともな木はなさそうだ」と思ってしまうことは、悲しいけれども、仕方がないようである。

(2)科学信仰
科学は、「真実」を追い求める。
したがって、科学で証明されたものは、「正しい」はずだ。
だから、科学がまだ解明していないものに対しては、正直に「まだわからない」とすべきだ。
しかし、科学の発展がめざましいがために、それを万能と思い込み、まだわからないことに対しても、断定的に論ずる風潮がある。

たとえば、脳と心の関連性については、まだ脳のメカニズムは(全くといっていいほど)解明されていないにもかかわらず、あたかも「脳=コンピュータ」といった拙速な論理をもって、人間の行動を機械的に理解しようとするのは、行き過ぎだと思う。
記憶について言えば、脳があたかも「メモリ」のように言われているが、それはまだまだ乱暴な結論だ。
(私の考えでは、脳以外にも記憶を保存する「場所」はあるのではないか{体内・外にかかわらず!}と思うが、ここでは触れない。いずれ詳しく書きたい)

上記理由により、科学信仰によって「心」の存在を否定し、生命の営みを、ただの物質による偶然の機械的な運動に帰するのには、反対である。

(3)だらしない聖職者
日蓮大聖人は、当時の聖職者を痛烈に批判した。
残念なことに、その流れをくむ「日蓮正宗」の寺院に棲む坊主たち自らが、日蓮の批判の矛先である「堕落した聖職者」に成り下がってしまった。
1番で述べたことと相通じるが、最も宗教を宣揚し、人々に尽くさなければならない立場の者が、宗教を職業化し、心ある者の誠意をふみにじっていることは、誠に悲しく、恥ずべきことである。

以上述べたような様々な障害を越えて、確固たる信仰を持つに至った自分は、本当に幸せであると思う。
何より、この信仰によって力強く、何があっても前向きに生きるエンジンを与えてくれた様々な恩人に、感謝する毎日である。

願わくば、世の無神論の人々は、これまで見てきた腐った木々に飽きず、最後の砦として創価の門をたたかれんことを。
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# by superserver | 2006-05-31 23:22 | コラム
「常識」???…たとえば、「二酸化炭素と地球温暖化」
アインシュタイン爺様博士は、Common sense is the collection of prejudices acquired by age eighteen.とおっしゃっています。え、訳せって?
「常識とは、18歳までに培われた偏見の集合である」とでもなりましょうか。

ウチの村の常識は、隣村では通用しなかったりします。
日本の常識は、世界の非常識、なんて言葉もありましたっけ。
でも、「二酸化炭素と地球温暖化」は、世界の常識でしょう!なんて思っちゃいませんか?
いまや、二酸化炭素排出にお金がかかる時代。当然ちゃー当然の図式ですが、さにあらず。
それに異を唱える人も大勢いるわけで、なかなか説得力がある。

トラバしておきましたので、興味のある方は見に行ってください。
ちょっと冒頭だけ引用しときますと:

「二酸化炭素は悪の大魔王」という神話
 「二酸化炭素が増えたら、地球は温暖化する!温暖化したら南極の氷が溶けて海面は上昇、世界は沈没するんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 みなさんはこのセリフを何回ぐらい聞いたことがありますか?私は新聞や雑誌で何度も見たことがあります。
 はたから見れば、この論法にはケチのつけようがありません。

 二酸化炭素は温室効果を生み出す→二酸化炭素が増えている→世界は温暖化する→氷が溶けて世界沈没

 まさに見事な四段論法です。ピュアな心を持っている人は、車で海に行く計画を「はっ!俺が車を運転すると世界が滅亡するのか!」と自分の愚かさを反省して断念し、暑い部屋で二酸化炭素を排出するクーラーにあたりながら自然保護の本を読みふけってしまいそうです。


なかなか私好みのヤワラカくてクセのある、鳥の皮みたいな、皮肉な文章。
私なんかは、京都議定書以来、息は吸っても、吐かないようにがんばってきた口ですが(ウソ)、皆さんはいかがでしょうか?
こういった問題を真剣に検討してみることも、「常識」を打ち破り、真実を追究する訓練になりますぜ。
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# by superserver | 2006-03-23 00:18 | コラム
おすすめ本 「プロカウンセラーの聞く技術」

「プロカウンセラーの聞く技術」
【著】東山 紘久

自分的には、久々の大ヒットです。わが人生を変えるであろう(本の中の)一冊。

詳しい感想文はまた後ほど…
(まだ書きかけ…)
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# by superserver | 2006-03-09 00:52 | コラム
供養と功徳
供養とは、強制されてやるものではない。
また、心からの供養がもたらす結果が、計り知れないことは御書にも枚挙に暇が無い。(仏に土の餅を供養せし徳勝童子は阿育大王と生れたり、金珠女は金銭一文を木像の薄と為し九十一劫金色の身と為りき、等)

「供養」の意味も、金銭的な寄付に限定する必要もないと思う。
大事な時間を割いて、部員さんのために走るのも、立派な「時間の供養」であろうし、会合に集った人々にふるまうお茶の一杯、さらにはねぎらいの言葉ひとつに気を使うことでさえ、供養と言えるのではないか。(しかもタダだし!)

供養の対象が、同志であることには矛盾はない。なぜなら、同志が仏の集まりそのものだからだ。

私自身は、明示的にも暗示的にも強制されたことは一度もないが、広宣流布のためになれば、との思いで毎年若干のお金を寄付させていただいている。
貧しい家の出の私が、近年お金に困った経験がないのは、そのおかげであると確信している。ただしこれは個人的な信心の範疇であり、説明してわかってもらう類の話ではないと認識する。
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# by superserver | 2006-03-04 19:46 | コラム
カルト教団から家族や親友を守る法
面白いHPありました!
カルト教団から家族や親友を守る法

ここに、破壊的カルトの特徴とか、破壊的カルトのチェックリストとかあるんですよね。
ご自分でやってみることをおすすめします。

あと、「良い宗教と悪い宗教」なんてのもあります。ちょっと引用すると:

良い宗教
・信仰のシステムは開放的で、他の思想にも耳を傾ける
・批判能力はそのままか、強められる
・自主性はそのままか、強められる
・価値観や生活や目標が、信仰と一体化し、調和している

悪い宗教
・教団の操作や圧力によって改宗した
・完全主義で他の考えを認めない
・批判的な考えは否定され、批判能力が脅かされる
・自主性が失われる
・これまでの人間関係や大切な過去を否定する。全体として調和していない
・経済的、精神的に教団から搾取される

ですってさ!
おそらく、学会の場合、「良い宗教」の各ポイントもあてはまるんだけど、「悪い」欄があてはまっちゃう人ってのも、いるんですよね。
たとえば、自分なんかが思うに、
・他宗教だけでなく、科学や心理学なども交差して学習・検討してますし、
・批判能力はすごくUPしたし
・自主性のカタマリみたいな存在になってるし
・自分の夢をかなえながら信仰してますし
いいとこどりで、ありがとう!って、改めて思っちゃいました。

とはいえ、周りをみてると、
・幹部の圧力でやらされてる、って思ってる人もいるし
・頑固で不勉強な人もいるし
・因習に凝り固まった人や
・すぐ何でも否定する人もいる
・布施を、義務だと思っている人までいる。

と、悪いほうだけあてはまる人々も散見されるわけですね。

で、もう眠いので結論。
道具と同じで、「やり方を間違えると、悪い結果に陥る。」
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# by superserver | 2006-02-24 00:39 | その他
あったあった、ありました。
創価学会体験記というBLOG、みつけました。
もともと、アンチ学会サイトをさがしていて、単なる批判のための批判に終始しているサイトばかりで辟易していたのですが、なかなか内容も充実して、長期間にわたり、BLOGを続けていらっしゃる。
アンチ学会の方の気持ちを考える上では非常に参考になりました。

トラバさせていただきました!
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# by superserver | 2006-02-24 00:26 | コラム



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